
前の曲も前の前の曲も
完成していないけれど別の曲を作りました。
宅録の楽しさの7割ぐらいは
イントロを考えている時だと思います。
先週、久しぶりに実家に帰りました。
久しぶりに一人で帰りました。
僕にしては沢山の人と会いました。
「モラトリアムの時」って言葉を聞きました。
それを聞いて、僕は今はモラトリアムではないのだなと
そう見えるのだろうなと、思ったのでした。
実際モラトリアムじゃないと思うんですが
変化は自分ではよくわからないので
不思議な気持ちになったのでした。
wikiによると、
”学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態”
ってことなので、確かに違います。
ああ、でも、どうしようもなく訳が分からなくって
何がわからないのかもわからなくなって
すがれる何かにすがっていた頃と
今との違いが
自分ではやっぱりよくわからないのでした。
悩みの種類が変わっているのかもしれないけれども。
不安は漠然とはしていなくって、どうにも具体的だし。
または、逃げることもすがることも結局出来ないって
諦めているのかもしれないけれども。
ああ、
諦めて、どうにかするなり、忘れるなり、出来るように
なったって事なのかもですね。
色々仮です。
歌はループ。
今年の初めは写真が流行り、
春には料理が
夏には読書が
最近は映画(ビデオ)が流行っています。
写真は、iPhoneでインスタグラムで。
料理は、インドカレーとパスタが
読書は、「ぬるい毒」本谷有希子が「虐殺器官」伊藤計劃が「まことの人々」大森兄弟が「きことわ」朝吹真理子が「ジェノサイド」高野和明が
映画は「母なる証明」が「第9地区」が「ザ・タウン」が「ソーシャルネットワーク」が「キック・アス」が
久しぶりに小説と映画が流行っています。
久しぶりなので、評価が高いものを後追いで。
ハズレが少なくて嬉しいような
ずれている感じが寂しいような
思うところがあったとしても、
それを話す相手がいないので。
「ソーシャルネットワーク」を見て、監督のコメンタリーも見て
興奮したのか眠れなくなって
使えていないフェイスブックを開いてみて
やっぱりどうにもわからなくって
卒業アルバムを引っ張り出して
名簿で名前を眺めてみました。
名前を読んで思い出すのは
とても短く断片的な記憶で
反射的に浮かんでくる、それらの景色をパパパと
移動していくのが楽しいのでした。
もう苗字が変わっているだろう人も多いのに
自分の中ではその瞬間だけ凍結保存しているのだなと
思うとなんだか不思議になって
余計に眠れなくなるのでした。